「あなたの心に…」

第2部

「アスカの恋 激闘編」

 

 

Act.33 アスカの胸に抱かれて

 

 

「マナぁ!」

 あれから30分ほどたったけど、まだマナは出てこない。

 私はお猿さんのぬいぐるみを抱きしめたまま、部屋の中を行ったり来たりしてるの。

「お〜い、マナ、この中にいるの?

 それとも…、どっかいっちゃったんじゃないでしょうね」

 お猿さんに問いかけても、つぶらな瞳は返事すらしてくれない。

「まさか、乗り移るのに失敗して…。マナ、ドジだから」

「失礼ね。誰がドジよ」

「キャッ!」

 耳元で囁かれて、私は飛び上がった。

 はぁ…、マナじゃない。よかったぁ…。消えてなかった。

「もう!心配したじゃない!成仏しちゃったんじゃないかって」

「成仏しちゃ、駄目?」

「あ、えっと、そりゃあ駄目じゃないけど、さ。

 そういう時はちゃんと挨拶していってよね。心配したんだから」

 私の真剣な口調に、おどけていたマナの顔がすっと真顔になった。

「ごめん。はじめてだったから要領悪くて…」

「あ、そうだったんだ」

「うん、ちょっと色々と、説明は難しいんだけど、ね」

「いいのよ、無事にってのも変だけど、まあ無事にこっちに帰ってこれたんだから」

「ありがとう。それとね…、ホントはもうひとつ理由があるんだ…」

「え?何?」

「言っても、怒らない?」

「怒るようなこと?言いなさいよ」

「ん…、あのね…」

 マナがエヘッと笑った。

「あのね、アスカの胸が気持ちよかったの!」

「む、胸ぇっ!」

 ぼふっ!

 私は一気に茹蛸状態になったわ。

 そして胸に抱きしめたままになっていた、お猿さんと睨めっこをした。

 このお猿さんがマナで…。つまり、私はマナを抱きしめて…。

 こ、この…胸に、マナを押えつけて、ぎゅっと…。

 私の胸に、マナの顔をぎゅっと…。

 ぎゅっと…。

「ま、ま、ま、マナァッ!」

「嬉しかった。本当に。誰かに抱きしめてもらえたのって、ずっと昔のことだから…」

 あ…。

 そうだったんだ。

 マナって、お母さんに抱いてもらった記憶がないんだっけ。

 赤ちゃんのときに亡くなったって、言ってたもんね。

 そっか。恥ずかしいけど…、そう考えたら、良かったかな。

「あのさ、マナ、今度同じ方法でママに抱っこしてもらいなさいよ。

 絶対にもっと気持いいから」

「うん!」

 はは、いい顔してるよ、マナ。

 あれ?何のためにこんなことしてたんだっけ?

 マナの気持を良くするため…じゃなくて、そうそう…、そうよ!

「よし!ホワイトデーはこれでいくのよ!」

「はい?」

 

 私はすぐさま行動を開始したわ。

 リビングでは、ママとパパがまだ討論してるわ。

 マナの件だし、この二人の討論って面白いから、

 聞いていたいけど残念ながら今回はパス。

 ホワイトデーの方が優先よ!

 因みにママとパパの言い争いは、日本語、ドイツ語、英語、関西弁、

 という4つの言語が入り混じった異空間のバトルゾーンなの。

 この4つを理解できていたら本当に面白いんだから。

 もちろん、この天才アスカ様は問題なしよ!いつも特等席で楽しんでるわ。

 今日は残念だけど、今の私にはシンジの方が最優先よ!

 

 ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン!

 このピンポン7回が、私の愛の表現なの!

 きゃっ!自分で言ってて恥ずかしいから、後3回押しちゃえ!

 ピンポン、ピンポン、ピンポン!

『もう…アスカなんだろ…勘弁してよ』

 ほらほら、シンジにはすぐに私だってわかるのよ!

 はん!ど〜せ、こんなことすんのは、私くらいですよ〜だ。

「何?いったい」

「この間の返事。ホワイトデーのお返し」

「ああ、あれね。何がいいって?」

「遊園地!」

「へ?」

「耳悪いの?ゆ、う、え、ん、ち。わかった?」

「僕が?…イヤだ。いかない」

「はん!アンタ、約束でしょ。行きなさいよ!」

「何がいいって聞いただけじゃないか!遊園地なんて反則だよ。

 それじゃ、デートになるじゃないか!」

「そんなにイヤ?」

「イヤだ」

 こんなにはっきり拒絶されるって思わなかったから、

 正直言って私はショックだったわ。

「そっか…。私のこと、そんなにイヤなんだ…」

「はい?」

「ごめんね。じゃ、今のはなし。もう一度聞いてくる…」

「ち、ちょっと待ってよ。僕と誰が遊園地に行くの?」

「私に決まってるじゃない」

 私は俯いて力なく言ったわ。もうシンジには、レイの事しか頭にないんだ…。

「アスカ。ちゃんと主語とか述語を使って喋ってよ」

「何よ!喧嘩売るっての?もういいじゃない。行かないんでしょ」

「行くよ」

「はぁ…、しつこいわね、って、行くの?!」

「うん、行くよ。アスカとなら。ほら、アスカが誰と誰がって言わないから、

 僕がその娘と行くんだと思っちゃったんだよ」

「よし!もう考え直しは駄目だからね!」

「うん、僕は大歓迎だけど…。で、どうして?」

「何が?」

「どうして、その娘へのお返しが、アスカとデートなの?」

 ぼふっ!

 で、で、で、で、デート!

 あわわわ、今頃気付いたわよ!これってデートのお誘いになってるじゃない!

 名案に夢中になって、細かいところに気が向いてなかったわ!

「い、い、いやね、その娘が言うには、あ、あの…」

 げげげ、しどろもどろになっちゃってるよ。思いっ切り、怪しい!

 ええ〜い!惣流・アスカ、しっかりしろ!

「だ、だ、だ、だから、ぬいぐるみが、私に、馬鹿シンジが、あわわ」

「落ち着いてよ。アスカ」

「お、お、落ち着いてるわよ。私はバッチリよ。全然、平気」

 平気じゃないわよ。頭の中に蜂が千匹だっけ。百匹だっけ。

 ブンブン飛び回ってるわ!

「アスカ、なんかよくわからないけど、とにかく僕とアスカで遊園地に行くんだね」

 私は大きく頷いたわ。3回くらい。

「それに何か条件がついてないの?アスカが変装するとか」

「はい?」

 ラッキー!馬鹿シンジが馬鹿なこと言ってくれたから、一気に冷静になったわ!

「ど〜して、私が変装しないといけないのよ!」

「え、ほら、その女の子に変装して自己満足…」

「誰が?」

「はは、意味ないよね。じゃ、え?もしかして」

 あらあら、また変な事思いついたでしょ。

「その女の子と3人で行くとか」

 おっし〜い!ん〜、残念!

「外れ!人間じゃなくて、人形なの」

「人形?」

「そう、ぬいぐるみ。その娘はいい子だから、交際しようとは考えてないから。

 ただ、自分の代わりに大事にしてるぬいぐるみをせめて一緒に連れてって欲しい。

 そんな健気な願いを断れると思う? 

 それにぬいぐるみを抱きしめた男の子が一人で遊園地を歩いてたら、不気味でしょ。

 だから、一緒に付いてってあげるのよ!

 レイでもいいけど、レイはその娘に嫉妬しちゃうでしょ。だから私なの。

 わかった?!」


 よし!見事にまとめたぞ!えらい!

「つまり、僕がぬいぐるみを抱いて、アスカと遊園地で遊べばいいんだ」

「その通り!で、それで問題ない?」

「うん、OK。お弁当は…」

「それはあと、あと。まず、その娘にOKを伝えないと」

「あ、そうだね」

「じゃ、あ、あの、ありがとね!」

 シンジの返事を聞かずに私は扉を閉めたわ。

 ひえぇ〜、ホントに気付いてなかったよ。

 相変わらず、猪突猛進ってやつね。

 ま、どっちにしてもOKはOK。こっちの問題は解決したから…。

 ぐふふ…、次はママパパ戦争の番よ!

 

 あ〜あ、つまんない!

 リビングに戻ると、戦争は終結していたわ。

 もちろん、ママの勝利。パパは無条件降伏したみたい。

 だって、パパの隣にはマナが座ってるもん。

 最上級の笑顔で。

 片や、パパは恍惚の表情。半分以上、失神してるわね。

 何よりも心霊現象が苦手な人なんだもん。

 どうやってパパを説得したのか聞いてみたら、

 ママったら、夫婦の秘密ですって。

 ふん!そうやって、私を疎外してたらいいのよ。

 ぐれてやる!

 今日はこのままおとなしく眠ってあげるわ。

 未だに新婚気分のお二人さん。

「マナ、お出でよ。あのさ、今日はお猿さん、抱いて眠ったげるから…」

 

 

 

 

Act.33 アスカの胸に抱かれて  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第33話です。『マナ絶体絶命』編の後編になります。
ママさんはどのように説得したのでしょうか?
今から伏線かい!てな感じで、このネタは第3部完結編への布石になります。
あ!またまた、こんなところに変なファイルが!

<おまけの外伝>

私が一番!
キョウコ来日す!

 私、惣流キョウコ!
 ドイツ一の才媛と美貌を誇る、高校生よ!
 今、家族で日本に来てるの。
 それで、京都に一人旅。
 みんなに黙って来ちゃったから、宿泊先も決められないのよ。
 ちょっと、困っちゃってるの。

 日本て外国人をジロジロ見るんだけど、京都はそんなことないわね。
 ま、そこらじゅう、外国人がうろうろしてるから。
 ほら言ってるそばから、
 金髪碧眼の少年がしかめっ面をしながら案内MAPを睨んでるわ。
 う〜ん、同年代かな。
 何見てるんだろ?
 あ、日本語の表記がわからないんだわ。
 ふふふ、ここは外国人同士のよしみで、この私が教えて差し上げましょうか。
 はぁ〜、コイツ、アーリア人系ね。といってもドイツ人とは限らないわね。
 まずは、英語で。
「Hi! Shall I search together, although I am also a tourist?」
 はは、コイツ突然声掛けられたから、びっくりしてんの。
 口ぱくぱくさせてる。面白〜い。
 あれ?
「うわ!どないしょ。外人さんやんか。何言うてるんやろ。
 全然わからへんわ。あ〜、ボクんこと、同じ外人や思うて声掛けてきたんやな。
 どないしたらええやろ。こ、こんな可愛い子やのに。
 ボク、こう見えてもこてこての関西人やから、英語わからへんのですわ。
 これ、英語でどうゆうたらええんかいな?」
「Although I am doing such appearance, in fact,
 I am the people from Kansai of Japanese birth.
 I do not understand English at all.」
「うわ〜、えらい長いことしゃべりはって、全然何も意味わからんわ」
「アンタ馬鹿ぁ!アンタの言ったことを英訳したげたんじゃない!」
「へ?今の日本語やんなぁ。うわ、日本語もできるんかいな。このべっぴんさん」
「べっぴんさん?何それ?わからないわ」
「いや、その、あの、つまり」
「はっきり言いなさいよ!」
 私は腰に手をやって仁王立ちした。
「は、はい!つまり、綺麗なお姉さんという意味です!」
 コイツは直立不動で返答したわ。
 はん!正直者ね、コイツは!
 ふ〜ん、すると、コイツはネイテイブの外国人、じゃないわね、
 日本で生まれて育った、外国人の風体のヤツってことか。
 あ!ちゃ〜んす!コイツ、使えるんじゃない?

 おまけの外伝 私が一番!・キョウコ来日す
 その一部分でした。本編完結後に書こうかな…。ご希望なら。

 さて次回は、ホワイトデーで便乗デート『ホワイトデーとパニック』編!